1997-03-27 第140回国会 参議院 運輸委員会 第7号
一方がLPGタンカーの第十雄洋丸、もう一方が貨物船パシフィック・アリス号でございます。それで、この第十雄洋丸の方がナフサを積んでおりまして、ナフサはガソリンよりも揮発性の高い油でございますが、この積み荷が発火いたしまして両船とも炎上ということになったわけでございます。
一方がLPGタンカーの第十雄洋丸、もう一方が貨物船パシフィック・アリス号でございます。それで、この第十雄洋丸の方がナフサを積んでおりまして、ナフサはガソリンよりも揮発性の高い油でございますが、この積み荷が発火いたしまして両船とも炎上ということになったわけでございます。
私は、さきに大臣に対して、六弗化ウラン積載船の衝突炎工事故を想定をした質問を行ったところでありますが、大型タンカーが、例の海上自衛隊潜水艦「なだしお」やあるいは米軍のフリゲート艦ロックウッドのような軍艦に衝突をされたり、あるいは七四年の第十雄洋丸とパシフィック・アリス号との衝突事件などのようなことがいつ起こらないとも限らない東京湾の過密状況だろうと思います。
そこへ木更津港の方から出てまいりましたパシフィック・アリス号が横から出てまいりまして、ちょうど中ノ瀬航路の若干外のところで衝突した。この場合、非常に問題でございますのは、中ノ瀬航路の中では航路を航行している第十雄洋丸に優先権があった。ところが外へ出ますと、木更津港から来ますので、相手船を右側に見ることになります。
また、昭和四十九年の東京湾におきますパシフィック・アリス号、第十雄洋丸、あの事故におきましても、大変悲惨な事故であったわけでございますけれども、三十三名のとうとい人命が失われるとか、二隻の船が炎上して全焼してしまったとか、さらにそのうちの一隻は海上自衛艦に撃沈をされるとか、こういう痛ましい事故でありました。
東京湾では「第十雄洋丸」と「パシフィック・アリス号」の衝突事故も起こっておりますし、これも被害がたくさん出たというふうに思うわけなんです。 続けてお伺いいたしますけれども、毎年七月から八月にかけて三日間、一日平均の通航船舶総数の観測調査、これおやりですけれども、五十年の調査で一日平均浦賀水道を通航した船舶数、これはタンカーはどれくらいかということをお伺いいたします。
そういう点で具体的にお伺いしますが、東京湾で第十雄洋丸がパシフィック・アリス号と衝突したとか、その他東京湾でいろいろの災害が起きたところを見ると、一つの問題はあそこの中ノ瀬航路なんですね。東京湾の銀座通りのようなところをわざわざ海上交通安全法によって設定されている。玄関からずっと入ってくる。ところが、そこに船が三隻沈んでいる。
○紺野委員 では、もう一つ東京湾の問題で、災害が起こる危険のあるところをお聞きしたいのですが、この間の第十雄洋丸とパシフィック・アリス号の衝突が起こった中ノ瀬航路の出口ですね。これは一般には魔の交差点と言われているのですね。
そこで、一昨年十一月九日に第十雄洋丸が東京湾内の浦賀水道でパシフィック・アリス号と衝突して、約三十名の死者が出た。私はあのときに空から視察に行ったのでありますけれども、燃え盛る雄洋丸を房総沖に引き出してもなお火勢が衰えなかった。
海上保安庁の「海上保安の現況」の中でも、四十九年に第十雄洋丸とパシフィック・アリス号とが衝突火災事故を起こし、折からの北北東の風で流されて、それが陸岸に接近し、陸上に対する二次災害の発生を強く懸念し、他の船舶、港湾設備、その他の陸上施設にも被害が波及するおそれがあると指摘しておられます。
先ほど保安庁から聞いたジャパン・アリス号の場合、船の長さが三百三十六メートルあるから、これを倍にしますと六百七十二メートルなんです。ところが、いま聞きますと水島では二十万トンタンカーが年間五十隻入る。こういうところで、いま伺いますとわずか三百八十メートルの幅なんです。これで事故が起きないというのは、よほど船長が熟達していると思うのです。私は事故が起きてもそれほど不思議ではないと思う。
○永末委員 昨年東京湾で第十雄洋丸とパシフィックアリス号が衝突、爆発事故を起こしましたが、このパシフィックアリス号はリベリア船籍で、いわゆる置籍船ですね。
昨年の雄洋丸とパシフィック・アリス号の衝突事故の件でございますが、ただいま先生、裸傭船というふうに申されましたけれども、パシフィック・アリス号、というのは相手方の船でございますが、これは三光汽船が定期傭船していた船でございます。したがいまして、船主が船員手当てをしたものを三光汽船が借りているというかっこうでございます。
かいつまんで申し上げると、中ノ瀬の航行水域の中に沈船がある、それが非常に航行の邪魔になっている、それを除くべきだという御意見、それからまたさらに、西側水域を大型タンカーが通航しなければならない、二つの問題点なんですが、たまたまきょう委員会あてに保安庁から「第拾雄洋丸、パシフィック・アリス号衝突事故報告書」というのをいただいているわけです。
○隅政府委員 東京湾の安全対策につきましては、ただいま沖本先生のおっしゃるとおりでございまして、きょういみじくも「第拾雄洋丸、パシフィック・アリス号衝突事故報告書」をお配りいたしましたが、警救部長からも報告がございましたように、昨日、「栄光丸」の座礁事件がございました。いま考えてみますと、確かに僥幸と申しますか、非常に運のいい状況で、被害を最小限に食いとめたということは言えると思います。
それでありますから、パシフィック・アリス号が来るのがわからなかった。雄洋丸の方からは警戒船に対して並行になった、おまえそのまま走れと、こういう指示を受けて走っているようであります。これはもちろん本船の従属的な立場にある警戒船であるからそういうことになったんだろうと思うのでありますが、警戒船本来の任務というのが明確でないのじゃないか。
○寺井政府委員 まず第一点の水路通報の関係でございますが、雄洋丸の事故の相手方であるパシフィック・アリス号につきまして、これが木更津港を出港して衝突したという事情にございます。
それから第十雄洋丸がパシフィックアリス号と衝突をした。あのときアリス号は綱材を持っていたわけですが、三光汽船がたしかこれの用船者で、いろいろ折衝に当たったのですね。ですから、今後こういう事故が起こった場合に、船主だけに限定した場合に、そういう用船者は関係ないということになると、これは引っ込む。そうすると、ペーパー会社のような船主とどうしてうまく交渉できるか、この点どうですか。
パシフィックアリス号のように衝突をしたものも数件ございますが、やはり外国船と日本船とを比べました場合に、外国船の事故率が高いという点につきましては、共通して日本の沿岸の地形、海象、交通ルールに不案内の点が多かったのではなかろうかというふうに考えております。
それで、最近は、「第十雄洋丸」「パシフィック・アリス号」以来は、外国船につきましては相当数の船舶が水先人を乗船させておりますけれども、まだ乗船をさせていない船舶があることは事実でございます。
お尋ねしたいのは、いささか昔に戻るようですけれども、「第十雄洋丸」と「パシフィック・アリス号」が昨年の十一月九日に衝突いたしました。このときにいろいろ議論がありましたけれども、思い出してみますと、一つは、「パシフィック・アリス号」は木更津港を出てから水先案内人をおろしちゃった。これが原因の一つではなかったか。あるいはまた、浦賀水道の中ノ瀬航路を出たところでこの事故が起きた。
○隅政府委員 昨年の十一月九日に東京湾で発生いたしましたLPGタンカー第十雄洋丸と貨物船パシフィック・アリス号の衝突事件でございますが、この点につきましては、十一月十一日に開催されました当委員会におきまして、十一日までの状況を御報告いたしました。
そこで、具体的な問題に入って大臣の見解をお聞きしたいと思うのですけれども、昨年十一月に東京湾で第十雄洋丸とパシフィック・アリス号との衝突事故があったわけですけれども、この衝突事故の原因は何であったか。これは海上保安庁の方からひとつお聞かせいただきたい。状況など含めてお願いします。
問題の事故を起こしたパシフィック・アリス号、これは「たじま丸」ですが、これを売った相手のパシフィック・バルク・キャリアーズ・インコーポレーション、この四つの会社は全部同じところにあるのです。八〇・ブロードストリート・モンロビア・リベリア、この八十番地に全部あるのです。そして、この責任者あるいは内容を知らせてくれと言ったら、これまた全然回答がない。 そこで私は、三木総理にお願いをしたいわけです。
それからこのアリス号の方、船員は二十九名中二十八名亡くなったでしょう。台湾の方ですよ。総額二百三十億ぐらいの損害ですよ。しかもアリス号二十八名、雄洋丸五名の犠牲者、計三十三名が亡くなっておる。私は許せませんよ。こういう商法自体を問題にしなければならない。 私は時間がないから、総理の御見解を聞いておきたい。このままでは、私は先に質問を続けることができない、何も答弁しないんだから。
私は、その代表的な例として挙げたいのは、昨年十一月九日、雄洋丸とパシフィック・アリス号が衝突をしましたね。大問題になった。そして雄洋丸は東京湾外に漂流していって、わざわざ自衛隊がこれを沈めたわけですよ。この重大な事故ですよ。このパシフィック・アリス号は実はどういう船であるかということを明確にしたいんですよ。このパシフィック・アリス号は、昭和四十三年三月、三光汽船がつくった船です。
そこで、先ほどのお話のパシフィック・アリス号のことでございますけれども、パシフィック・アリス号というのは、確かにいまお話しのように、昨年、四十九年一月に、三光汽船が日本の造船所で数年前につくった船を外国に売りまして、それをイースタン・シッピングという会社がチャーターしまして、材木船に使っておったわけでありますけれども、材木市況が昨年の八月以降非常に悪くなりましたので、三光汽船が二航海頼まれまして、二航海臨時